ゆうめいロゴ.jpg

黒澤たける 退団のお知らせ

(2021年3月8日21時 発表)

この度、メンバーである黒澤たけるが2021年3月8日をもってゆうめいから退団することとなりました。

今後、黒澤はフリーの制作者・演劇プロデューサーとして活動を続けてゆきます。

 

以下、黒澤たける、池田 亮、田中祐希からのコメントを掲載いたします。

​ 黒澤たける 

お世話になっております。

ゆうめい・プロデューサーの黒澤たけるです。

 

この度ゆうめいを退団することにしました。

しれっと退団しても良いかなあとも思ったのですが、ゆうめいは当事者のことを話すカンパニーですので、自分のことを話したいと思います。

 

ゆうめいと出会ったのは2015年7月。

新宿眼下画廊というギャラリーでした。

ゆうめい所属俳優の田中祐希くんは大学の後輩で「公演やります」という連絡をもらっていました。

開演ギリギリについた僕を受付で迎え入れたのは、田中くん。

「もう始まっちゃうんでお金大丈夫です」

と席に座らされます。

そんなことあるのか?と思いながら『俺』という作品を観ました。

荒削りながら切実で、フィクションに祈りを込めたラストシーンに心打たれました。

体を壊して大学を中退し療養中だった僕のために、いや俺のためにやってくれているんだ!とさえ思いました。

 

公演の後「関わりたい」と伝え、それから池田くんと田中くんにプロデューサーとしてオファーしてもらって、小松くんが加入して、たくさんの公演を打ち、「ユニット」としてやっていたのに気がついたら「劇団」と呼ばれるようになっていました。

 

療養中だった僕は、良くなったり悪くなったりを繰り返す中で、「演劇とはこういう風に関われるな」というのを模索しながら、進んでいきました。

今も、副腎という臓器に異常があり、全身の倦怠感に襲われ、一昨年発症した喘息の薬を飲みながら、この文章を書いています。

ゆうめいといる時間は、ずっと自分や他人、人間の「弱さ」、社会の「脆さ」と向き合う時間でした。

 

そうそう。『弟兄』『姿』という代表作も生まれました。これから何度でも再演されることでしょう。

僕のお気に入りは『フェス』という作品で、再演の予定は全くなさそうですが、もしやるときは観に行ってみてください。

 

ゆうめいにはたくさんお世話したし、それ以上にたくさんお世話されました。

たくさん迷惑かけられたし、それ以上にたくさん迷惑をかけたなあと思います。

こういう劇団の脱退コメントで「成長させてもらいました」「感謝です」とか書いてあって「じゃあ何でやめるんだ」とか思ってたんですが、本当に、ゆうめいに成長させてもらったと、本当に思っています。

 

そんなお世話になったゆうめいの脱退理由としては

 

「コロナ禍に、ゆうめいの演劇プロデューサーとして、もろもろアップデート出来なかった」

 

ということに尽きます。

 

コロナ禍に演劇をするということは、「観に来てください」と広報をしながら、「観に来ないでください」とお客様をセーブするということです。

 

かつての公演で、ゆうめいについて、

「あくまで娯楽業ですので、お客様がご自身でゆうめいを観に行くかの判断をしていただきたく思っております」と言いました。

https://www.yu-mei.com/xyz20200228

 

これは「自己責任です」と言っているのに等しいと僕は思います。

ゆうめいと関わる理由はたくさんあったけれど、「自己責任です」と切り捨てることのない社会の実現のために、そんな祈りを込めて関わっているつもりだったんですね。

僕の中のゆうめいは「こんなことを言わない!」と発表前に悩みました。

でも政府や行政からの強制的な要請の中で、うやむやにせずに伝えるため、その時は言わざるを得なかったのが今でも悔しいです。

 

空席はあるけれども宣伝はしないでくださいと、ある劇場に怒られたりもしました。

 

そうしたアクセルとブレーキを同時に踏み続け、キュルキュルと音を立てながら進む公演たちの傍にいる中で、自分自身も擦り減ってしまったように思います。

 

いやそれでも僕は演劇が大好きだ!と新品のTシャツをおろして、ウキウキと演劇を観に行ったりもしました。

観劇後お客様に「ゆうめいの制作さんですよね?」と声をかけられます。

「そのTシャツは、ゆうめいの制作なら辞めた方がいいですよ」

その時、着ていたのはマリリン・モンローがベッドに横たわる、セクシーともとれるデザインのTシャツでした。

ゆうめいはジェンダーにも踏み込む作品を作っているし、そう思うお客様もいるのだろうなあと、ふむふむと思っていたのですが、帰り道には何故か泣いてしまって、気持ち悪くなってTシャツはすぐ捨ててしまいました。

 

ここら辺から、僕の中のゆうめいと、あるお客様の中のゆうめい、社会における劇団や演劇の存在、どう整理しても、想像以上に噛み合わなくなっていき、自分が関わるための整合性のようなものがとれなくなっていきます。

誰かの「演劇をやりたい」という気持ちに寄り添いサポートは出来ても、主体的に、ゆうめいの一員として演劇を続けることが自分の中で難しくなっていったように思います。

 

それでも様々な企画が動き続けている、ゆうめい。

カンパニーも中規模のフェーズに突入しており、興業として外すと大赤字を背負ってしまいます。

コロナ禍であっても、ゆうめいの成長を止めてはいけないと、プロデューサーとして、2020年の秋のザ・スズナリでの上演を進めていました。

 

そんな中、上演中止ついて検討する建設的な会議の場で

「たけるさんの企画でお客さんを呼べる保証がない」

という意見が挙がりました。

 

まあショックだったんですが、そう言うのも無理はなくて、コロナ禍で満足に集客しているカンパニーは僕の知る限りではいないんです。

僕だって動員を保証できるノウハウも、当たり前ですがコロナ禍を乗り切る経験値も持っていなかったんです。

今までは動員を保証した企画を打てるプロデューサーだと思ってくれていたという嬉しさも同時にありましたが。

 

こんな時にぐうの音も出ない半人前プロデューサーなのか僕は!と思い、

「ゆうめいを辞めようと思う」と提案しました。

 

ゆうめいが現在発生した個人や社会のエラーにも見える出来事に対して、フィクションに祈りを込めて返事をするように、コロナ禍という社会的エラーにゆうめいのプロデューサーとして公演単位で返事をしようとしたわけですが、まあ無理だったんです。

様々なプロデューサーがいると思いますが、こういう時に解決策を提案できない、将来のビジョンを書き換えられないプロデューサーは、ゆうめいにはいらないと思ったんですね。

 

長くなりましたが、

 

「コロナ禍に、ゆうめいの演劇プロデューサーとして、もろもろアップデート出来なかった」

 

ので、ゆうめいを退団します。

 

気がついたらゆうめいのことを考えてしまう日々ですが、それは彼らと過ごしてきた時間がそうさせているはずなので、少しずつ、自分はゆうめいじゃないという自覚を持ちながら生きていこうと思います。

これからもお声がかかれば様々なプロデュースを続けていこうと思いますし、お互いの中で整理がついたら、ゆうめいからの企画ごとのプロデューサーとしてのオファーを待とうと思います。

 

そもそも演劇は僕にとって上演うんぬんの前に生き方の問題になってきているので、演劇をやめることは出来ないんだろうと思います。

僕に演劇を教えてくれたゆうめいに感謝しています。

 

ゆうめいのみんなは本当にすごくて、池田くんは、外さない演劇を作る脂の乗った劇作家になったし、田中くんも小松くんもメキメキ俳優として成長したし、デザイナーの田中涼子さんにも、ゆうめいの作品を拡張させるビジュアルに何度も助けられたし。

これはいけるぞ!という将来のビジョンが思いついたら、また、ゆうめいの門を叩いているかもしれません。それくらい好きなんですね、ゆうめいが。

少なくとも僕がゆうめいを1番観劇しているファンであることは、これからも変わらないと思います。

 

僕は僕でこれから、ゆうめいでの経験を含めて、色んな発信をしていこうと思っています。

ちょうど企てていることもあるので、その時はゆうめいをオファーしようと思って先ほど声をかけました。

 

ゆうめいを気にかけてくださった皆様、大変お世話になりました。

これからは、ゆうめいも、黒澤たけるも、気にかけていただけると幸いです。

ありがとうございました。

​ 池田 亮 

田中祐希と田中涼子と3人で設立した「ゆうめい」の初回公演である『俺』という作品を2015年に黒澤が観客として観に来て、公演後に「ゆうめいの制作をしたい」と言ってくれたことが、最初の出会いでした。
黒澤が入団したいと言ってくれたのは2016年の『フェス』という作品の打ち上げの場で、そこからメンバーとなり、より深く共にクリエイションを続けてきました。
 

チケット収入も集客も少なく、メンバーも少ない中で、制作や各セクションの兼任を続けていた自分たちにとっては本当に救いの存在でした。
その後、当時ギャラリー公演を頻繁に行っていたゆうめいは、黒澤から「演出者や出演者も美術・WEB・制作を行うという兼任を続けていくスタイルの方向性で成長していこう」という新たな指針を立てもらい、自分たちは同意しました。将来的にはアトリエ兼劇場を建て、創作の場を幅広く周囲へ提案する団体へ成長することを目標に活動しました。
若手と呼ばれる自分たちのことを、演劇界隈のどのような立ち位置で広めていくのか、宣伝していくのかを見据える視野や知識量には膝を打つばかりで、度重なる会議には多くの発見がありました。

ゆうめいの出世作である『弟兄』を下北ウェーブに応募してくれたり、劇場関係者や批評家の方々にゆうめいを紹介してくれたり、助成金関係の書類を共に作ってくれたりと、感謝しきれないほど沢山お世話になりました。本当にありがとうございました。

2019年の『姿』まで、稽古が始まると自分が演出を行いながらHP更新、稽古場制作、各関係者へメール連絡をしており、兼任はキャパオーバー気味ではありましたが、団体の代表者としても目標のために活動することが楽しく、成長しているという喜びも感じていました。
 

ただ、公演規模も本番へ向けての業務も増えていく中、これ以上の兼任は難しいのではないかという疑問も生まれました。
そのことを他のメンバーに相談しても、問題を解決するのは言い出した自分だけのような空気を感じてしまっていました。ただ、そういった空気を作ってしまった、感じてしまった自分の今までの行いにも問題があります。

自分が他の人に仕事を振れなかったこと、周囲に助けを求めず、情報の共有を怠ってしまうほど抱え込んでしまうこと、しかしそれを一人でこなすことが成長だと勘違いしていた所為でもあります。周囲への信頼が不足していた自分が招いたことでもあると振り返ります。

そして何より、不安を表に出せないという、圧倒的にコミュニケーションが足りていなかったことです。

黒澤の制作を行うスタイルもあって、本番一週間前までほとんど稽古場に来ないことや、兼任の余裕がなく感情的になる自分自身に怒りつつも、とにかくやることはやろうと考えておりました。

変に気遣ってしまい、何故現場に来ないのかということを本人に聞こうとしないほどに、違和感を押し殺していました。

そして本番を迎えると、不思議なことに作品が出来てしまう、無理した甲斐があったと精神論めいた喜びを感じて、あの時の違和感をないことにしていたのは事実です。

コロナ禍になり感染症対策に気を張り続けなければならない中、より様々な困難や問題が発生し、もう兼任は無理だと、限界が訪れました。
これ以上無理を続けることはできないと訴えました。

それと同時に、黒澤も公演に向けて継続支援事業の書類に追われていること、今はなんとしてでもゆうめいのために公演をしたいという意志を感じました。その時に、黒澤が思うゆうめいの方向性と、自分の思う方向性のズレを感じました。
稽古場のコロナ対策、キャスト・スタッフの精神的・身体的のサポートや実作業に向けて兼任しながら、脚本を書くことにも演出プランを考えることにも集中することができない。自分の作業量はおかしい。と、自分が感じていた違和感をただただ話しました。黒澤の立場を想像する余裕もありませんでした。話せば話すほど口は止まらず、冷静さを失い、攻撃的な口調になってしまいました。
そのことについても、この場で深くお詫び申し上げます。
大変申し訳ございませんでした。

そして、今は一緒に演劇を続けるのはお互いを傷つける、別々の方向を向いている、ということに辿り着きました。

現在は演劇関係なく「TVにたけるさんに似た人いました!」みたいになんとなくラインしたりする仲で、喧嘩別れというわけではありません。
この文章も黒澤に事前に読んでもらっています。
黒澤がゆうめいを抜けた後に企画を計画しているイベントにもすでに参加するオファーをいただいております。

このことをなかったことにはせず、もう二度とお互いを攻撃し合わないため、何度も省みて相手を想像し続ける所存です。

長くなりましたが最後に。

プロデューサーであり制作者の黒澤は、全く無名の若手団体「ゆうめい」を引き上げた存在です。

過去にはゆうめい『健』という黒澤の人生を描かせていただきたいと、取材してプロットを書いたこともあるほど人として魅力に溢れています。

ゆうめいを抜けることによって、より新たな視野と想像を広げ、そして黒澤の言葉は人々の意識の外にある存在や世の中では些細とされて気が付かないことを、気付かせる力を持っています。

どうか彼と、そして出会ったカンパニーによって生まれる作品が多くの方々に発見を与えることを心から願います。

たけるさん、ありがとうございました。

​ 田中祐希 

たけるさんとは、旗揚げ公演をお客さんとして観てもらってからの付き合いになります。

終演後に「何か力になることがあれば協力するよ」と言ってもらえ、その言葉に甘えて次の公演には制作として関わってもらってました。

 

そこから5年程、絶妙なバランスで公演を続けてきました。

ぐらぐらといつ崩れるかわからない危なっかしさを、若さと無知さで楽しめていた気がします。

劇場で作業に追われて活き活きと愚痴をこぼしているたけるさんが見れなくなるのは寂しいですが、たけるさんの今後は既に決まっているようなので自分は自分の心配をして頑張ります。

 

今後ともよろしくお願いいたします。

©2015 - 2021 Yu-mei.com All Rights Reserved.

  • ブラックInstagramのアイコン